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Godzilla!!! 最終回

どうも、こんばんは。長南家の長男の長南です。
僕らはいよいよゼミで卒業旅行にいくわけなのですよ!
そういうわけで旅行前の卒論日記最終周いきます。


僕の卒論は『ゴジラの「暗さ」は何処に消えたか―「メカゴジラ」の役割から見るゴジラの存在』というタイトルで書きあげました。要するに「ゴジラ論」というわけです。
僕の以前の卒論日記にも書きましたし、ゴジラに馴染みのある人には解ると思うのですが、節操も無くそのキャラクターを変えてきているわけです。とくに子供受けの良いアイドルになって宇宙にもいって地球を救うヒーローみたいな描かれ方がされるように、とても戦争や水爆を描いた一作目の続編とは思えないほどの変化を経ているキャラクターなわけです。
こういう変化が描かれる作品で常にゴジラの敵対的存在として描かれる「メカゴジラ」に注目して書いたのが僕の卒論です。
詳しいことは卒論集を読んでいただきたいのですが、作品が作られた時期によって真逆のイメージを帯びるようなゴジラとは異なりいつでもゴジラを葬るためという一貫した存在目的によってゴジラを凌駕するような火力を有するメカゴジラは、それだけでゴジラと同等の脅威と捉えられるわけです。
製作年代によっては、ゴジラを模したメカゴジラの持つ脅威のほうがむしろゴジラよりもゴジラ的であったということもできます。変化の多いシリーズの中で“ブレない存在”として裏で支えてきたともいえるメカゴジラからゴジラを考えることで先行研究にはない自分なりの論文になったと思います。

僕はもとから映画が好きで何か映画関連のテーマで書こうと考えていたので、最終的に幼いころに熱中していたゴジラを選んだことは正解だったと思います。今観るから解ることや当時との感覚の違いなど研究を超えて楽しむことが出来たというのも大きかったと思います。
せっかくなので、長い思春期とその間の様々な映画遍歴を経ての今の僕が個人的におすすめするゴジラ映画を挙げたいと思います。それは『ゴジラ対ヘドラ』(’71)です。
自分が幼いころならまず好きにならなかった作品だと思うのですが、色彩感覚とか随所に挿入されるアニメーションとか音楽の良さとか単なる怪獣映画を超えたセンスが光る秀作だと思いました。主要な登場人物のひとりが子供で、子供の視点が取り入れられているというのも今観ると新鮮でとてもよかったです。ゴジラも空飛んじゃうし、普通に面白映画でした。
逆に当時大好きだった『怪獣総進撃』(’68)は、今の自分にはいまいちだったという寂しさも味わいましたが…。そういう経験が出来たことも楽しかったです。

研究自体はゴジラ映画作品をすべて見るなど楽しいものでしたし、図書館に行ったり先生に関連書籍をお借りすることが出来たりと様々な資料を閲覧する過程はとても勉強になりました。でも、執筆を進めるとこれを通して自分は何が言いたいのだろうか、今書いていることは果たして面白いものか、と悩むことも時としてありました。それは自分の頭の悪さを再確認するような作業ともいえる過程で、実力の無さを実感しました。
今までの積み重ねを駆使してすんなり進めば良かったのですが、そんなに上手く進めることはできませんでした。ただ、その時点での自分の力を反映するものには仕上げられたと思います。
学生最後の年にこのような経験が出来たことは、とても幸せなことであったのだろうと思います。苦い経験もありましたが卒論関係の一連のイベントや執筆そのものから、多くのことを学べましたし少なからず今後の人生にも活かしていけるのではないかと感じました。まだまだ未熟であることを自覚できただけでも、少しは成長できた(?)のかなと考えることが出来ました。

とりあえず以上で。これで僕の卒論日記を締めくくろうと思います。
どうもありがとうございました。


では、次回もよろしくお願いします!
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