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【第7回】影響力のある人

今日の担当はたぐはるです!
更新が遅くなってすみません!

今回の震災、わたし自身や私の身内がすごい被害に遭う事はありませんでした。
それにも関わらず、この震災は私の意識というか心というかを大きく揺るがしました。もちろん多くの日本人がそうであったのだろうけど。
前にホームページ開設のお知らせのところにちょこっと書かせてもらったのですが、本当この度の事に関しては思うところがいっぱいありました。
これは違うだろ!と主張したい事もあれば、何これ?どうしたらいい訳?と縋って聞きたいような事、たくさんの事が頭に浮かびます。なので、気が緩むとすごく超大作が出来上がってしまいそうなのでなるべくかいつまんで書こうと思います。

地震当日はTwitterに助けられました。

震災の日は地元神奈川のある街にいたのですが、そこは自宅の最寄駅からは電車で30分位のとこ。JRなのですが、それ一本しか通っていません。
夜になりJRが終日動かないことが確定し、駅のシャッターが降ろされ、そしてどのホテルも漫画喫茶も満席で途方にくれた私はTwitterを見ていました。1
人だったので寂しさが紛れるような気がしたので。

Twitterの流れは、まず震災直後はみんな「怖いよー」等自分の心理状況を伝えるものから、夜になり現状が見えてきたいま、情報を広めるものになっていました。
確かその流れの始まりは、震災直後の
「救急車が呼べなくなるので電話は自重してください!」
というツイートが広まったことからに思えます。

その時23区の避難所情報がやたら流れていたのに、神奈川の情報が流れてない事に困り、とうとう私はとある芸人さんに
「すいません神奈川県○○市の避難所情報を求めるよう拡散していただけませんか?」
お願いしました。
その芸人さんは直ぐに私のツイートをRTしてくださり、沢山のリプライが私の所に届きました。
その情報を元に私は近くの避難所に行く事ができました。結果芸人さんがRTしてくださった私のツイートは150RTされたのでした。

この時考えたのが、Twitter自体が大きなメディアであるのと同時に、影響力のある人のアカウントそのものもメディアとなりうるのだな、と思いました。
デマも大切な情報もフォロワー数の多い人が流せば、影響力のある情報になってしまうのだな、と。

もう一つ感じた事がありました。
私の自宅は計画停電の区域に入っていました。
計画停電は当初全然情報が流れてこなくて、「3つグループに入ってるとこは一日中停電なの?」などみんな不安でした。
私達若い世代はみんなネットを使って調べてて、毎晩ネットで次の日のをチェックして家族に伝える、という子が多かったように思います。
私は同じく計画停電に入っている祖父母の家が心配だったので電話しました。
彼らはインターネットを使っていません。
「計画停電大丈夫?ちゃんと情報入ってる?」と聞くと、テレビで確認して、実際の時刻は町の放送を聞いている、との事でした。
やはりインターネットを使えない人にとってテレビは大きな情報源である、と改めて思いました。
また町内放送等も私の町でも行われていましたが、緊急時には一番わかりやすく伝わりやすいもののように感じました。


今回の震災で改めて感じたのは、緊急時に人間がどう行動したら"善い"のかわからないように、メディアも常に正しい道を歩む事なんてすごく難しいのだなぁと感じました。
Twitterがいくら便利と言ったって誤情報は流れまくったし、新聞も震災の前の事がなかったかのように、書かれていた事もありました。
例えばテレビで間違った報道をするとテレビだけを叩く、みたいなってるけど情報を受けとる私達の使い方ももう一度見直さなければならないと思いました。


ここからは私自身の話なのですが、震災からずっと、(いまはだいぶ落ち着いたけど)心を占めていた言葉があります。

「何で私じゃなかったんだろう?」

親に言っても友達に言っても、「じゃあ、自分が被災したかったの?」って言われました。まともな疑問だとおもいます。
だけど、同じ国の一部の人が苦しんでいて、それなのに自分は普通に暮らしている。どうしてなんだ?
大きい地震がおきて、苦しむのも東北で、それなのにまだ余震が来るのも東北。
何もできず、傍観してるくらいならその場に居た方が良かった、なんて馬鹿な事を考えて居た時もありました。


何でこんな事を考えるのだろう?と思いを巡らせているうちに、結果的に自分の生活を大切に生きていないのかもなぁ、とおもいました、もっと守るものだったり、成し遂げたい大きなものが明確に目の前にあって努力していたのなら、そっちの対応におわれるだろうし。
加えて、自分の無力さに気づいたことも大きかったと思います。
よくよく考えてみれば、この震災が起きる前から世界の中には貧困や戦争やたくさんの事に苦しんでいる人はいるわけで。しかし、同じ国で起きた同じ人間の苦しみには気づく、というのは結局それを別のこと、とかんがえてたのだなぁと実感しました。


本当にこんなこと書いていいのかわからないし、
ほかにも思うことはいっぱいあるのですが、テーマからそれてしまうのでここまでで。

では!
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