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【第9回】震災後のあれこれ

こんにちは。おそらく第9回担当の松田です。よろしくお願いします。

 地震が起きたときは会社説明会の最中でした。いつも利用しているJRも東武線も終日運休を決めてしまったので、その日のうちに帰ることができず、避難所で一夜を過ごしました。そこでテレビを見て初めて震災の被害の状況を知りました。本当に衝撃的でした。翌日には家に帰ることができたので、その後メディアについて感じたことや計画停電で感じたことなどを書いていきたいと思います。

 まずテレビでいろいろな情報が入ってくるようになってやはり被害の状況や死者や行方不明者の数を見ているととても悲しくなりました。

 しかし、不謹慎ではありますが、うれしかったこともありました。
前回海外のメディアについて書いてくれた権君と少し意見が食い違ってしまうと思いますが、僕は多くの国で日本の地震のことが取り上げられているという情報を見ると、日本にこんなに関心を持ってくれていたのだと逆に少しうれしくなりました。

 特に印象に残っているのは朝の情報番組で日本のすごさをアメリカだかイギリスだかの新聞が取り上げていたことでした。「地震、津波の被害にあったことは事実だし、死者も多く出ている。しかし、日本の耐震技術や情報網のおかげでこれくらいの被害ですんだのだ。」という旨の記事が紹介され、マイナスなことばかりでなくプラスに考えるということが、日本にとって、被災地や被災者の方々にとっても大切であるということを教えてくれている気がしました。

 また、海外のサッカーの試合で日本人の選手が所属していないチームでも、日本を応援する横断幕などを試合前に掲げていたり、僕がよく見ているNBAでは二十数名の選手たちが1ポイントあげるごとに1000ドルを寄付するなどの活動をしたりしてくれているのを見ると、心温まるものがありました。世界の人々が日本に関心を持ってくれているのだという情報は僕にとってはうれしいことでした。反対に海外で同じような災害が起こったときに日本ではこんな温かい対応していたかということも考えてしまいました。

 話は変わりますが、僕も計画停電を経験しました。その中で感じたことは電気がないとなにもできないということであり、特に信号機が機能しないということは一番怖いことでした。
また、計画停電の影響は電車にも表れ、僕がいつも利用している駅は東武線の終日運休区間に入っていたため約一週間地元に閉じ込められていました。これによりバイトにも行けず、就活もできずかなり気持ちが滅入っていました。

 僕にとって一番つらかったのは体育館が使用できずバスケができなくなってしまったことでした。考えてみると高校生だった頃から一ヶ月以上もバスケをしないことってほとんどなかった気がします。僕にとっての生活の重要な一部になっているということを感じました。

 最後に、みなさんも言っていますが普段当たり前に使っているものや当たり前にやっていることの重要性を再認識したというのが今回の震災から感じたことです。
あとは先ほども書きましたが良くないこともポジティブに考えることも必要だということを感じました。


というわけで次の人は・・・え~っと・・・まあよろしくお願いします。
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