FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

テリー・ギリアム、そして狂気!

こんばんは。宮本ゼミ卒論日記、第1回目のトリを飾ります、権(グォン)と申します。よろしくお願いします。

 さて僕の卒業論文のテーマはイギリスの映画監督テリー・ギリアムの作品におけるアレゴリー(寓意)を西欧社会の狂気の歴史と結び付け考察するという物です。
 ご存じでない方もいらっしゃると思いますが、テリー・ギリアムという人は独特な映像世界で世界中に多くのマニアを持っている、日本でも鬼才と呼ばれ厚いファン層を誇る監督です。昔はあの有名な「空飛ぶモンティ・パイソン」でアニメーションを担当していた人物でもあります。僕自身も彼の大ファンでして、卒論のテーマを選ぶ前に宮本先生の「長い作業になるので飽きないようなテーマを選ぶべき」というアドバイスを受け「もうこれ以外考えられない」という気持ちでギリアムを研究することにしました。
 とはいえ、一般に広く知られた人物ではないし、ましてや日本人でもないので正直戸惑いはありました。でも人生に一度の論文になるかも知れないので、一度は深く勉強したいと思っていたテーマでもあり、心を決めました。

 では、これまで僕がどのような研究をしてきたのかについて話したいと思います。

 映画ファンや評論家の間でギリアムの作品の最も大きい特徴は一言で「狂気」と言われています。そして彼の世界観はモンティ・パイソン時代とも関係があるのではないかと、なんとなく思っていました。そしてなぜこの人はこれほど一貫したテーマを描き続けるのかについて考えましたが、手がかりが掴めず悩んだところ、まず狂気についてどのような先行研究が行われているのかについて調べることにしました。そして見つけた本がフランスの哲学者ミッシェル・フーコーの著書「狂気の歴史」です。
 この本は西欧社会で「狂気、狂人」という現象に対する扱いが、数百年にかけてどのように変化してきたのかを、膨大な史料と証言を用いて述べた書籍です。とても難しい本ですが、ここでフーコーが言いたいことは、かつて無限の創造力の源となっていた「狂気」という題材が、理性や啓蒙、医学という名の下で社会から隔離され、迫害されたということです。
 僕はこのようなフーコーの考えに基づいて、モンティ・パイソンやテリー・ギリアムの作品がそういった、かつての狂気が持つ明るい側面を表現しているのではないかという仮説を立てることができました。これが春までの進展です。

 仮説ができたところで、夏休みの卒論合宿まではもっぱらギリアムの映画、モンティ・パイソンの番組、「狂気の歴史」などといった関連書籍を読むことに集中しました。DVDや本を購入したり、国会図書館で手に入れにくい本や雑誌を読んだり、充実した研究ができたと思います。そして、そこまでまとまった研究成果を卒論合宿で発表し、足りない部分やよかった点などを先生とゼミの皆で話し合う貴重な時間を持てました。僕の場合、テーマを中心に話が広がり過ぎてしまい、テーマから焦点がずれる恐れがあるというようなアドバイスを受け、ほかにも色々と補強しなければならないと思いました。

 合宿以降は本格的に論文を書きながら、仮説を立証するために必要な資料を探そうと時間がある時は図書館に行ったりインターネットで検索したりしています。この論文を通じて言いたいことや研究の方向が定まったところで細かい部分を地道に積み重ねていくといった感じですね。

 12月26日の締め切りまであと1ヶ月を切ったので、あとは完成に向かって1本道を突っ走るような段階にきたと思います。率直に言いますとストレスも相当な作業ですが、悔いのないように徹底的に調べていけたらと思います。宮本ゼミナールのみんなも同じ気持ちで挑んでいることでしょう。僕も負けないように頑張ります。

 宮本ゼミ2年間の集大成であるこの卒業論文が無事に終わり、みんなで1杯飲みながら談笑する日が楽しみです。
スポンサーサイト
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。